『逆賊の幕臣』朝廷側キャスト4人発表!孝明天皇・岩倉具視らの史実を解説
2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』に、朝廷側の新キャスト4人が発表されました!
今回登場するのは、孝明天皇、明治天皇、岩倉具視、鷹司政通。いずれも幕末の政治を語るうえで欠かせない人物です。
ところで、幕末の政治といえば江戸幕府や薩摩藩、長州藩が思い浮かびますが、京都の朝廷はどのような役割を果たしていたのでしょうか?
実は、朝廷の政治的な影響力が強まったことが、幕府を大きく揺さぶる原因の一つとなりました。
今回は、新キャスト4人の役柄と史実を紹介しながら、朝廷と幕府の関係、そして主人公・小栗忠順が直面した難題をわかりやすく解説します。
読了時間:約11分
『逆賊の幕臣』朝廷側キャスト4人が発表!
2026年9月15日、NHKは大河ドラマ『逆賊の幕臣』の追加キャストを発表しました。今回のテーマは、江戸幕府に京都から政治的な影響を及ぼした朝廷の人々です。
今回の発表では、眞栄田郷敦さん、奥野壮さん、山中崇さん、長塚京三さんの出演が明らかになりました。
主人公の小栗忠順は、幕府の財政・外交・軍事に関わり、日本の近代化を進めようとした幕臣です。しかし、その政策は幕府の判断だけで実行できるものではありませんでした。
幕末には、外交問題をきっかけに朝廷の政治的発言力が高まり、幕府はその意向を無視しにくくなっていきます。
今回のキャスト発表は、そんな幕末政治の複雑な仕組みを知る絶好の機会といえるでしょう。
新たに発表された4人の出演者と役柄
今回発表されたのは、二人の天皇と、朝廷の政治を動かした二人の公家です。まずは出演者と役柄を一覧で確認してみましょう。
| 出演者 | 役名 | 歴史上の立場 |
|---|---|---|
| 眞栄田郷敦 | 孝明天皇 | 幕末に攘夷を求めた天皇 |
| 奥野壮 | 明治天皇 | 明治維新期に即位した天皇 |
| 山中崇 | 岩倉具視 | 公武合体から倒幕へ転じた公家 |
| 長塚京三 | 鷹司政通 | 長年にわたり朝廷政治を担った公家 |
※2026年9月15日の発表に基づきます。
眞栄田郷敦さんは、2023年の大河ドラマ『どうする家康』で武田勝頼を演じて以来、2度目の大河出演となります。
一方、明治天皇を演じる奥野壮さんは、今回が大河ドラマ初出演です。
岩倉具視役の山中崇さんは4作目、鷹司政通(たかつかさ まさみち)役の長塚京三さんは8作目の大河出演となります。
注目したいのは、四人が同じ考えを持っていたわけではないことです。
朝廷の内部にも、幕府との協調を重視する人物や、幕府に厳しい姿勢を示す人物がいました。
その違いが、幕末の政治をさらに複雑にしていったのです。
『逆賊の幕臣』はどのようなドラマ?
あけぼの姫『逆賊の幕臣』は、幕府側から幕末の歴史を描く作品です。明治維新を実現した人々ではなく、幕府の改革に取り組んだ人物を主人公に据えていることが特徴です。
主人公の小栗忠順(おぐりただまさ)を演じるのは、松坂桃李さんです。
小栗は、1860年(万延元年)に遣米使節の一員としてアメリカを訪問し、西洋の産業や社会を見聞しました。
帰国後は勘定奉行(かんじょうぶぎょう:幕府の財政などを担当する役職)などを歴任し、横須賀製鉄所の建設を推進しました。
しかし、幕府の近代化政策は、外国との関係だけを考えればよいものではありませんでした。
国内には開国に反対する勢力があり、朝廷も外交政策に強い関心を示していたからです。
今回発表された朝廷側の人物たちは、小栗が直面する政治的な難題を理解するうえで重要な存在となります。
幕府を改革して日本を守ろうとした小栗と、国のあり方をめぐって揺れる朝廷。
両者の関係がどのように描かれるのか、注目したいところです。
なぜ朝廷側の人物が重要なのか?
あけぼの姫江戸時代の政治は、基本的に江戸幕府が担っていました。しかし幕末になると、外交問題をきっかけに朝廷の政治的な影響力が強まっていきます。
江戸時代、天皇は京都に住み、幕府は江戸を拠点として政治を行っていました。朝廷と幕府は別々の組織でしたが、まったく無関係だったわけではありません。
将軍の任命などには朝廷の権威が関わり、幕府も朝廷との関係を重視していました。この関係が大きく変化したのが、1853年(嘉永6年)のペリー来航以降です。
外国との通商をめぐり、幕府は朝廷の意向を確認するようになります。ところが、孝明天皇は外国との通商に強い警戒感を抱いていました。
幕府が進めたい外交政策と、天皇の意向が一致しなくなったのです。
やがて朝廷の権威を政治運動の根拠にする勢力も現れ、幕府は難しい対応を迫られます。
この政治的な対立を理解すると、小栗忠順が置かれていた状況も見えてきます。
孝明天皇・明治天皇はどのような人物だった?
幕末の朝廷を考えるうえで、孝明天皇と明治天皇の存在は欠かせません。父と子である二人の天皇は、日本の政治体制が大きく変わる時代を生きました。
孝明天皇は、外国との通商に強い警戒感を示し、幕府の外交政策に影響を与えました。
一方、明治天皇は、父帝の死後に若くして即位し、明治新政府が成立する時代を迎えます。
二人の在位期間を通して、朝廷と幕府の関係は大きく変化しました。
ただし、天皇の意向だけで幕末の政治が動いたわけではありません。
朝廷の公家、幕府の役人、諸藩の大名や志士など、多くの人々がそれぞれの立場から行動していたことも重要です。
眞栄田郷敦さんが演じる孝明天皇
あけぼの姫孝明天皇は、幕末の外交問題に強い関心を示した天皇です。外国との通商を警戒し、幕府の政策に反対したことで、朝廷の政治的な存在感を高めました。
孝明天皇は1831年(天保2年)に生まれ、1846年(弘化3年)に践祚(せんそ:皇位を継承すること)しました。
1853年(嘉永6年)、ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に来航します。当時の幕府は、欧米諸国との関係をどのように築くかという難題に直面していました。
孝明天皇は外国との通商に強い警戒感を示し、1858年(安政5年)の日米修好通商条約にも勅許(天皇の許可)を与えませんでした。
それでも幕府は、勅許を得ないまま条約を締結します。この判断は、幕府と朝廷の関係を悪化させる一因となりました。
ただし、孝明天皇は単純に幕府を倒そうとしていたわけではありません。幕府との協調を模索する一方、外国との関係については厳しい姿勢を保っていました。
ドラマでは、国を守ろうとする思いと、政治的な現実との間で苦悩する天皇の姿が描かれるようです。
奥野壮さんが演じる明治天皇
あけぼの姫明治天皇は、幕末から明治へと移り変わる時代に即位した天皇です。父・孝明天皇の急死を受け、まだ若い年齢で日本の大きな政治的転換を迎えることになりました。
明治天皇は1852年(嘉永5年)に生まれました。1867年(慶応3年)、孝明天皇の死を受けて、数え年16歳で皇位を継承します。
当時は、江戸幕府の政治的な影響力が低下し、薩摩藩や長州藩などが新しい政治体制を模索していた時期でした。
同年、将軍・徳川慶喜は大政奉還を行い、政権を朝廷へ返上する意思を示します。
さらに、王政復古の大号令によって、幕府や従来の朝廷制度を廃止し、新たな政治体制を築くことが宣言されました。
翌1868年(慶応4年・明治元年)には戊辰戦争が始まり、新政府と旧幕府側の勢力が戦います。
明治天皇は、新政府が掲げる新しい国家体制の象徴となっていきました。ただし、若い天皇がすべての政治判断を自ら下していたわけではありません。
実際の政策決定には、岩倉具視や三条実美、薩長出身の政治家など、多くの人物が関わっていました。
孝明天皇から明治天皇へ――何が変わった?
あけぼの姫二人の天皇の時代を比べると、幕末の政治がどれほど大きく変化したのかがわかります。重要なのは、朝廷が幕府との協調を模索する立場から、新政府の中心へ移っていったことです。
孝明天皇の時代、朝廷は外交問題をめぐって幕府に強い影響を及ぼすようになりました。
しかし、孝明天皇自身は幕府との協調を完全に否定していたわけではありません。
一方、明治天皇の即位後には王政復古が実現し、江戸幕府に代わる新しい政治体制が成立します。
この変化を年表で確認してみましょう。
| 西暦(和暦) | 主な出来事 |
|---|---|
| 1853年(嘉永6年) | ペリー来航 |
| 1858年(安政5年) | 日米修好通商条約締結 |
| 1860年(万延元年) | 小栗忠順が遣米使節に参加 |
| 1867年(慶応3年) | 明治天皇が皇位を継承 |
| 1867年(慶応3年) | 大政奉還・王政復古 |
| 1868年(慶応4年・明治元年) | 戊辰戦争が始まる |
幕府にとって、朝廷は長く権威の源泉でもありました。
ところが幕末には、その朝廷の権威が幕府の政策を制約し、やがて新政府の正統性を支えるものとなっていきます。
小栗忠順の人生も、この大きな政治的転換のなかにありました。
岩倉具視と鷹司政通は朝廷で何をした?
幕末の朝廷では、天皇だけが政治を動かしていたわけではありません。公家たちも、それぞれの立場から幕府との関係や外交問題に関わっていました。
今回発表された岩倉具視と鷹司政通は、朝廷政治を理解するうえで重要な人物です。
鷹司政通は、長年にわたり朝廷の中枢で活動し、幕府との関係を重視した公家でした。
一方、岩倉具視は、朝廷の政治的発言力を高める動きに関わり、後には新政府の成立にも重要な役割を果たします。
二人の違いを知ると、幕末の朝廷が決して一枚岩ではなかったことがわかります。
山中崇さんが演じる岩倉具視
あけぼの姫岩倉具視は、幕末から明治初期にかけて活躍した公家・政治家です。朝廷の政治的な発言力を高める動きに関わり、後には明治新政府の成立にも重要な役割を果たしました。
岩倉具視(いわくら ともみ)は1825年(文政8年)に生まれました。
1858年(安政5年)、幕府が日米修好通商条約の勅許を求めた際には、これに反対する公家たちの運動に関わりました。
その後、岩倉は公武合体(こうぶがったい:朝廷と幕府が協力して政治を行う考え方)を推進します。
特に重要なのが、孝明天皇の妹・和宮と将軍・徳川家茂の結婚を実現させるために活動したことです。
ところが、この政策は尊王攘夷派から強い反発を受けました。岩倉は政治の表舞台から退き、京都郊外で幽居することになります。
その後、政治情勢の変化とともに倒幕へと立場を転じ、1867年(慶応3年)の王政復古に関わりました。
明治政府では要職を歴任し、1871年(明治4年)には岩倉使節団を率いて欧米諸国を訪問しています。
幕府との協調を目指した人物が、やがて幕府に代わる新政府の中心人物となったのです。
こうした政治的な転換が、ドラマでどのように描かれるのか注目されます。
長塚京三さんが演じる鷹司政通
鷹司政通は、幕末の朝廷で長く重要な地位を占めた公家です。若い孝明天皇を支えながら、幕府との関係を重視した人物として知られています。
鷹司政通(たかつかさ まさみち)は1789年(寛政元年)に生まれた公家で、五摂家(ごせっけ)と呼ばれる有力公家の家柄に属していました。
五摂家とは、近衛・九条・二条・一条・鷹司の五家を指し、摂政や関白を出すことのできる家柄です。
政通は長年にわたって関白などを務め、朝廷政治に大きな影響力を持ちました。関白とは、成人した天皇を補佐し、政治に関わる重要な役職です。
政通は幕府との協調を重視しましたが、孝明天皇が外国との通商に厳しい姿勢を示すなか、その対応に苦慮することになります。
やがて朝廷内部では、岩倉具視ら比較的若い公家の意見も存在感を増していきました。
なお、政通は1856年(安政3年)に関白を退いています。
そのため、1858年(安政5年)の条約勅許問題を考える際には、すでに関白の地位を離れていたことに注意が必要です。
ドラマでは、長年の経験を持つ政通と、政治への関与を強める孝明天皇との関係が見どころの一つになりそうです。
朝廷内部にも対立があった?
あけぼの姫幕末の朝廷は、全員が同じ政治方針を支持していたわけではありません。幕府との協調を重視する人物もいれば、外交政策への強い関与を求める人物もいました。
朝廷内部の意見の違いを理解するうえで重要なのが、1858年(安政5年)の条約勅許問題です。幕府は外国との通商条約を締結するため、朝廷の許可を得ようとしました。
しかし、孝明天皇は通商に強い警戒感を示し、勅許を与えませんでした。朝廷の公家たちの間でも、条約への対応をめぐって意見が分かれます。岩倉具視らは、勅許に反対する公家たちの動きに関わりました。
一方、幕府との協調を重視する立場からは、政治的な混乱を避ける必要もありました。
ここで注意したいのは、「開国派」と「攘夷派」という二つの立場だけでは、当時の政治を十分に説明できないことです。
外国との関係を警戒しながらも幕府との協調を望む人物や、時期によって方針を変える人物もいました。岩倉具視が公武合体から倒幕へ転じたことは、その代表的な例といえるでしょう。
幕末の朝廷は、さまざまな思惑が交錯する政治の舞台だったのです。
朝廷の政治的影響力は小栗忠順にどう関わった?
主人公・小栗忠順が進めた幕府の近代化政策は、外国との関係だけでなく、国内の政治情勢にも左右されました。朝廷と幕府の対立は、その大きな要因の一つでした。
小栗は、欧米諸国の技術や制度を学び、日本の近代化を進めようとしました。
しかし、幕府は外国と結んだ条約を守る一方で、国内の攘夷要求にも対応しなければなりませんでした。
外交と国内政治の板挟みです。そのため、幕府の役人たちは、単に優れた政策を考えるだけでは済まされませんでした。
政策を実行するための資金を確保し、国内の反発を抑え、外国との関係も維持する必要があったのです。
開国を進めたい幕府と攘夷を求める朝廷
あけぼの姫幕末の幕府が直面した難題の一つは、外国との条約を守りながら、朝廷や攘夷派の要求にも対応しなければならなかったことです。
1858年(安政5年)、幕府はアメリカなどと通商条約を締結しました。これにより、日本は外国との貿易を本格的に始めることになります。
しかし、孝明天皇は外国との通商に強い警戒感を抱いていました。また、国内には外国人を排除すべきだと考える攘夷派も存在していました。
幕府にとって、外国との約束を一方的に破ることは、外交問題や軍事的な衝突を招く危険がありました。
一方で、朝廷の意向を無視し続ければ、国内で幕府への批判が強まる可能性がありました。
幕府は、二つの方向から圧力を受けることになったのです。小栗忠順は、こうした状況のなかで外交や財政に関わりました。
日本を近代化するためには外国の技術が必要でしたが、その外国との関係を維持すること自体が政治的な難題だったのです。
小栗忠順が進めた近代化政策
あけぼの姫小栗忠順は、外国の軍事力や産業技術に対抗するため、日本国内に近代的な生産・修理の仕組みを整えようとしました。その代表例が横須賀製鉄所の建設です。
1860年(万延元年)、小栗は遣米使節としてアメリカを訪問しました。
当時のアメリカでは、工場や機械を利用した生産が進み、日本とは異なる産業社会が形成されていました。
小栗は帰国後、幕府の要職を歴任し、財政や軍事制度の改革に関わります。その代表的な事業が、フランスの協力を得て進められた横須賀製鉄所の建設でした。
横須賀製鉄所は、名称に「製鉄所」とありますが、鉄をつくるだけの施設ではありません。
船の建造や修理、機械の製作などを行う近代的な工業施設として整備されました。
こうした事業には、外国人技術者の雇用や設備の導入など、多額の費用が必要でした。
一方、幕府は外交問題や軍事行動への対応にも財政支出を迫られていました。
小栗の近代化政策は、幕府の政治的・財政的な困難のなかで進められていたのです。
朝廷と幕府の関係は明治維新へどうつながった?
あけぼの姫幕末の朝廷と幕府の関係は、外交問題をきっかけに変化し、やがて新しい政治体制の成立へとつながっていきました。
1858年(安政5年)の条約勅許問題は、幕府と朝廷の関係を考えるうえで重要な転換点でした。
その後、幕府は朝廷との協調を模索しますが、国内の政治的な対立は収まりませんでした。
1867年(慶応3年)、徳川慶喜は大政奉還を行います。しかし、これだけで幕府と諸藩の政治的な対立が解消されたわけではありません。
同年12月には王政復古の大号令が出され、幕府や従来の朝廷制度を廃止して、新しい政治体制を築くことが宣言されました。
翌1868年(慶応4年・明治元年)には戊辰戦争が始まり、旧幕府側と新政府側の戦いが続きます。
小栗忠順は幕府の中枢から退き、上野国権田村へ移りましたが、同年、新政府側によって処刑されました。
幕府の改革に取り組んだ人物が、新しい政治体制のもとでは敵対する存在と見なされたのです。
『逆賊の幕臣』という作品は、この歴史的な転換を幕臣の立場から描くことになります。
まとめ
2027年大河ドラマ『逆賊の幕臣』の朝廷側キャスト発表を通して、幕末の政治を動かした四人の人物と、朝廷・幕府の関係を紹介しました。最後に、重要なポイントを振り返りましょう。
① 朝廷側キャスト4人が発表された
2026年9月15日に発表されたのは、眞栄田郷敦さん、奥野壮さん、山中崇さん、長塚京三さんの4人です。
それぞれ孝明天皇、明治天皇、岩倉具視、鷹司政通を演じます。
幕末の朝廷政治を理解するうえで重要な人物がそろいました。
② 孝明天皇と明治天皇の時代に政治体制が変わった
孝明天皇は、外国との通商に強い警戒感を示し、幕府の外交政策に影響を与えました。
一方、明治天皇の即位後には大政奉還や王政復古が行われ、新しい政治体制が成立します。
二人の時代を通して、朝廷の政治的な位置づけは大きく変化しました。
③ 岩倉具視と鷹司政通は異なる立場で朝廷を支えた
鷹司政通は、長年にわたって朝廷政治を担い、幕府との協調を重視しました。
岩倉具視は、朝廷の政治的発言力を高める動きに関わり、後には明治新政府の成立に重要な役割を果たしました。
二人の経歴から、朝廷内部にもさまざまな政治的立場があったことがわかります。
④ 朝廷の政治的影響力は小栗忠順の政策にも関わった
小栗忠順は、幕府の近代化を進めようとしました。
しかし、幕府は外国との条約を守る一方で、朝廷や攘夷派の要求にも対応する必要がありました。
こうした政治的な制約は、幕府の改革を難しくする要因の一つとなりました。
『逆賊の幕臣』では、幕臣たちがこの難局にどのように向き合うのかも見どころとなりそうです。
参考史料・参考文献
一次史料・近世史料
- 『岩倉具視関係文書』――岩倉具視の政治活動を知るための基本史料。国立国会図書館の「岩倉具視|人物から日記を見る」で関連史料や刊本を確認できます。
- 『王政復古の大号令』――1867年(慶応3年)の政治体制の変更を示す史料。国立公文書館の「王政復古の大号令が発せられる」で史料画像と解説を閲覧できます。
研究書・参考文献
- 幕末の朝幕関係、公武合体、条約勅許問題に関する研究を背景理解の対象としました。個別の研究書については、書誌事項を未確認のため掲載を保留しています。
Webサイト・公式発表
- ステラnet|『逆賊の幕臣』朝廷側新キャスト4人発表 ――2026年9月15日の出演者発表、役柄、制作陣コメント。
- 国立国会図書館|岩倉具視 ――岩倉具視の経歴と幕末・明治初期の政治活動。
- 国立公文書館|王政復古の大号令が発せられる ――1867年の政治体制変更に関する公的解説。
- 国立公文書館|明治宰相列伝・年表 ――幕末から明治初期にかけての主要な出来事。

コメント